産業医の変更・解任の手続き|交代理由と契約解除の伝え方・選任報告と14日の期限

「職場巡視に来るだけで、改善の提案が何もない」「メンタルヘルス不調の従業員のことを相談しても話が前に進まない」——産業医の変更を考える企業のご担当者から、こうしたご相談をよくいただきます。

結論から言えば、産業医は契約期間の途中でも変更できます。ただし手続きの順番を間違えると、法律上「産業医がいない事業場」の期間が生まれてしまいます。

この記事では、産業医の変更手続きの流れ、労働基準監督署に提出する産業医選任報告の記入と提出方法、そして2026年8月1日から義務化される辞任等の報告まで、実務に必要な知識を現役の産業医(医師)が解説します。

産業医は契約期間中でも変更できる——法律上の制限はない

労働安全衛生法13条が事業者に義務づけているのは、常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに医師のうちから産業医を選任することだけです。

同じ医師を使い続けなければならない、という定めはありません。産業医の変更に、労働基準監督署の許可も承認も必要ないのです。

実際、産業医の契約は嘱託(非常勤)が主流です。厚生労働省の平成28年「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、産業医を選任している事業所のうち88.3%が非常勤で、月1回程度の訪問契約が大半を占めています。

つまり、産業医の変更は特別なことではなく、契約先を見直す通常の判断です。制約になるのは法律ではなく、現在締結している契約書の解約条項のほうです。

多くの嘱託産業医契約は1年ごとの自動更新で、「解約は◯か月前までに書面で通知する」といった予告期間が定められています。まずは契約書のこの部分を確認してください。

産業医の変更を検討すべき5つのケース

企業から実際にご相談いただく変更理由は、おおむね次の5つのケースに整理できます。

  1. 職場巡視や衛生委員会が形骸化している——来訪はするが指摘も助言もなく、記録を残すだけになっている
  2. メンタルヘルス不調への対応を頼めない——高ストレス者の面接指導や復職判定を「専門外」と断られる
  3. 就業判定の意見が実務で使えない——健康診断の結果に対する意見が形式的で、就業上の措置の判断材料にならない
  4. 事業場の状況が変わった——移転・拠点の増加・従業員数の増加で、対応できる範囲を超えてしまった
  5. 産業医側の事情による辞任——高齢や体調、勤務先の異動などで継続が難しくなった

とくに2と3は、放置すると経営リスクに直結します。厚生労働省の令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、従業員50〜99人規模の事業所の33.1%で、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者が出ています。3社に1社の割合です。

いざ休職者が出てから「うちの産業医は対応してくれない」と気づくケースは少なくありません。

変更する前に確認したい「事業者側の対応」

一方で、産業医が動けていない原因が事業者側にあることもあります。産業医が職務を行うために、事業者には次の対応が法律上求められています。

  • 健康診断・面接指導・ストレスチェックの後に講じた措置(または講じようとする措置)の情報提供
  • 時間外・休日労働が1か月あたり80時間を超えた労働者の氏名と超過時間の情報提供
  • 労働者から健康管理に必要な情報を収集する権限、緊急時に必要な措置を指示する権限の付与

これらの情報が渡っていなければ、どんな産業医でも実効性のある活動はできません。変更の前に、自社の情報提供の実施状況も一度確認しておくことをおすすめします。

産業医の変更手続き——解任から届出までの5ステップ

変更手続きの全体像は次のとおりです。順番が重要で、先に解任してしまうと産業医不在の期間ができてしまいます。

ステップ1 現在の契約内容を確認する

契約期間・解約予告期間・違約金の有無・年度途中で解約した場合の報酬の精算方法を確認します。健診機関や紹介サービス経由の契約なら、窓口はその事業者になります。

ステップ2 後任を先に決める——産業医を選任する期限は14日以内

労働安全衛生規則13条1項1号により、産業医は選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任しなければなりません。

厚生労働省のリーフレットでも「選任していた産業医の辞任等があったときは、当該日から14日以内に新たに産業医を選任する必要があります」と明記されています。

後任探しから契約までを14日で終えるのは現実的ではありません。前任者への解約通知より先に、後任の候補と条件を固めておくのが実務上の鉄則です。

ステップ3 前任の産業医に解約を伝え、引き継ぎを依頼する

解約の連絡は契約書の定めに沿って行います。理由を細かく伝える法的な義務はありませんが、引き継ぎを円滑にするためにも、事務的で丁寧な伝え方を心がけましょう。

あわせて、次の書類・情報の引き継ぎを依頼します。

  • 健康診断結果に対する就業上の意見(就業判定)の記録
  • 長時間労働者高ストレス者への面接指導の記録
  • 休職中・復職後の従業員の対応経過と、就業上の配慮の内容
  • 職場巡視での指摘事項と、未対応のまま残っている改善課題
  • 衛生委員会の議事録と、産業医から出された勧告・助言の内容

ステップ4 衛生委員会に報告する(労働安全衛生規則13条4項)

見落とされがちですが、これは法律上の義務です。労働安全衛生規則13条4項は、「事業者は、産業医が辞任したとき又は産業医を解任したときは、遅滞なく、その旨及びその理由を衛生委員会又は安全衛生委員会に報告しなければならない」と定めています。

報告するのは「辞任・解任した事実」と「その理由」です。議事録に残る形で報告してください。

ステップ5 労働基準監督署へ産業医選任報告を提出する

新しい産業医を選任したら、遅滞なく所轄の労働基準監督署長へ産業医選任報告を提出します。変更の場合は、この報告書に前任者の氏名と辞任・解任等の年月日を記入する点が新規選任と異なります。

産業医選任報告(様式第3号)の記入と提出方法

提出する書類は「総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告」(様式第3号)です。総括安全衛生管理者や衛生管理者の選任報告と共通の1枚の様式で、産業医の欄に記入して届出します。

様式のダウンロードと書類の作成方法

様式は厚生労働省のウェブサイトからPDF形式でダウンロードできます。印刷して手書きで作成する場合は、機械で読み取りを行うため白色度80%以上の用紙を使用するよう案内されています。

手書きに不安がある場合は、厚生労働省の「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」の利用が便利です。画面の案内に沿って入力すると、未入力や誤入力のエラー、添付書類の漏れを知らせてくれます。過去の保存データを使った入力の簡素化もできるので、複数の事業場を抱える企業ほど活用する価値があります。

記入項目とポイント

産業医の変更で記入する主な項目は次のとおりです。

記入項目 記入のポイント
事業場の名称・所在地・事業の種類 企業単位ではなく事業場単位。産業医を選任した事業場ごとに作成する
労働者数 常時使用する労働者数。パート・アルバイトも含めて数える
産業医の氏名・生年月日 新しく選任した産業医の情報を記入する
選任年月日 契約書の日付ではなく、実際に選任した年月日
前任者の氏名 変更の場合は必ず記入する(新規選任のときは空欄)
辞任、解任等の年月日 前任の産業医が辞任・解任・退任した年月日

提出時には、新しい産業医が労働安全衛生規則14条2項の要件(産業医学基礎研修の修了者、労働衛生コンサルタント試験の合格者など)を満たすことを証明できる書類を添付します。修了証のコピーなどを産業医から受け取っておきましょう。

提出先と提出方法

提出先は事業場を管轄する所轄の労働基準監督署長です。本社でまとめて提出するのではなく、事業場ごとに管轄の監督署へ届け出ます。

提出方法は電子申請が原則で、電子政府の総合窓口である「e-Gov電子申請」、または上記の入力支援サービスから行えます。電子申請にはアカウントの登録が必要なため、期限に余裕をもって準備してください。当分の間は書面による報告も可能とされています。

提出期限は「遅滞なく」です。選任の期限(14日以内)とは別の定めですが、実務では選任後すみやかに提出すると覚えておけば問題ありません。

【2026年8月1日から】産業医の辞任等の報告が義務化されます

ここが、これまでの実務から変わる重要なポイントです。

従来、労働基準監督署への報告義務があったのは産業医を選任したときだけでした。解任したことを報告する義務はなく、監督署は「産業医がいなくなった事業場」を把握できませんでした。

労働安全衛生規則の改正により、令和8年(2026年)8月1日から、産業医の辞任・解任・退任があった場合にも、所轄労働基準監督署長への報告が義務づけられます。報告する内容は、辞任等をした産業医の氏名と辞任等の年月日などで、期限は「遅滞なく」です。

  • 新しい産業医の選任報告と同時に報告すれば、別途の辞任等の報告は不要——選任報告の前任者欄に記入すればひとつの届出で済みます
  • 労働者数が50人未満になったことによる辞任等は報告義務の対象外——ただし選任状況の適切な把握の観点から、監督署への報告が求められています

この改正は、令和7年5月7日の衆議院厚生労働委員会の附帯決議で「産業医の解任を行ったことを労働基準監督署が把握することができる仕組みの検証を行うこと」とされたことを踏まえたものです。

実務への影響はシンプルです。前任の産業医との契約を切ったまま後任を決めずに放置すると、その空白が監督署に見えるようになります。変更を考えている企業ほど、後任の確保を先に進めてください。

変更手続きで失敗しないための3つの注意点

1. 産業医不在の空白期間を作らない

産業医の選任義務に違反した場合、50万円以下の罰金の対象になります(労働安全衛生法120条)。「後任が決まるまでの数か月は空席」という運用は認められません。

そもそも未選任の事業場は珍しくありません。平成28年の労働安全衛生調査では、50〜99人の事業所の産業医選任率は79.9%にとどまり、1,000人以上の99.4%と比べて約2割が未選任のままでした。

事業所規模別の産業医選任率。1,000人以上は99.4%、100〜299人は95.0%に対し、50〜99人の事業所では79.9%にとどまり、約2割が未選任

変更のタイミングでうっかり未選任の側に回ってしまわないよう、契約の切り替え日を重ねる形で調整するのが安全です。

2. 引き継ぎを口頭で済ませない

健康情報は個人情報のなかでも取り扱いに配慮が必要な情報です。前任者から後任へ直接渡すのではなく、事業場(人事・衛生管理者)が記録を保管し、そこから新しい産業医に提供する形にしておくと、管理の責任関係が明確になります。

休職者や就業配慮中の従業員がいる場合は、変更前に必ず状況を文書化しておいてください。ここが抜けると、復職判定の場面で新しい産業医が経過を把握できず、判断が止まります。

3. 定期健康診断結果報告の産業医氏名を更新する

労働者数50人以上の事業場では、定期健康診断を実施したときに定期健康診断結果報告を所轄労働基準監督署へ提出し、その報告に産業医の氏名を記載する必要があります

産業医を変更した年度は、前任者の氏名のままコピーして提出してしまう誤りが起きがちです。健診の実施時期と変更時期が近い年は、とくに注意してください。

新しい産業医を選ぶときのポイント

同じ不満を繰り返さないために、後任を選ぶ段階で次の4点を確認しておきましょう。

  • 産業医の要件を満たしているか——労働安全衛生規則14条2項の要件を満たす医師でなければ選任できません
  • 自社の課題に対応できるか——メンタルヘルス対応、復職支援、長時間労働者の面接指導など、いま困っていることを具体的に聞いて反応を確かめる
  • 訪問頻度と対応範囲が契約で明確か——職場巡視・衛生委員会への出席・面接指導が基本報酬に含まれるのか、都度費用が発生するのか
  • 訪問日以外の相談ができるか——実務で困るのは訪問と訪問のあいだです。メールやオンラインでの相談が可能かを確認する

産業医の探し方の選択肢(地域の医師会、紹介サービス、健診機関など)と費用の目安は「産業医の選任義務は50人から」で解説しています。当事務所の従業員数別の料金は「産業医サービスの料金」で公開しています。

よくある質問

Q. 産業医を変更する理由を労働基準監督署に説明する必要はありますか?

監督署への産業医選任報告に理由を書く欄はありません。一方で、衛生委員会には辞任・解任の事実とその理由を報告する義務があります(労働安全衛生規則13条4項)。社内向けには理由の説明が必要と考えてください。

Q. 産業医を解任するにはどうすればよいですか?

解任は、契約書に定められた方法(多くは書面での解約通知)で行います。監督署の許可は不要です。解任したら遅滞なく衛生委員会へ報告し、新しい産業医を14日以内に選任して選任報告を提出します。2026年8月1日以降は、辞任等そのものについても監督署への報告が必要になります。

Q. 後任の産業医が14日以内に見つかりません。どうすればよいですか?

この事態を避けるために、解約通知を出す前に後任を確保するのが原則です。すでに前任者が辞任してしまった場合は、地域の医師会や産業医の紹介サービス、産業保健総合支援センターに早急に相談してください(探し方の詳細は「産業医の探し方5つの方法」)。当事務所でも、遠方の事業場については提携する産業医のご紹介が可能です。

Q. 産業医の変更にデメリットはありますか?

最大のデメリットは、従業員の健康情報と経過の連続性が一度途切れることです。とくに休職・復職の対応中の従業員がいる時期の変更は負担が大きくなります。記録の引き継ぎを丁寧に行えば解消できる範囲ですが、可能であれば対応が一段落したタイミングを選ぶとよいでしょう。

Q. 従業員が50人未満になった場合も産業医の変更手続きは必要ですか?

常時50人未満になれば産業医の選任義務自体がなくなるため、新たに選任する必要はありません。2026年8月からの辞任等の報告義務も、労働者数が50人未満になったことによる辞任等は対象外とされています(監督署への報告自体は推奨されています)。なお選任義務がなくなっても健康診断の実施義務などは残ります。詳しくは「従業員50人未満の会社の健康管理」をご覧ください。低コストで医師による健康管理を続けたい場合は顧問医サービスという選択肢もあります。産業医との違いは「顧問医と産業医の違い」で解説しています。

まとめ

  • 産業医は契約期間中でも変更できる。監督署の許可は不要で、制約になるのは契約書の解約条項
  • 手続きは後任の確保→解約通知と引き継ぎ→衛生委員会への報告→産業医選任報告の提出の順で進める
  • 辞任等があった日から14日以内に新しい産業医を選任する(労働安全衛生規則13条1項1号)
  • 変更時の産業医選任報告には前任者の氏名と辞任・解任等の年月日を記入する
  • 2026年8月1日から、辞任・解任・退任の報告が義務化。選任報告と同時に報告すれば別途の届出は不要

仁星会産業医事務所では、関西の企業を中心に、産業医の変更のご相談から前任者からの引き継ぎ、労働基準監督署への選任報告のサポート、変更後の衛生委員会・職場環境の立て直しまで一貫して支援しています。「いまの産業医のままでよいのか分からない」という段階のご相談でも構いません。まずはお気軽にお問い合わせください。

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代表医師 金 仁星

この記事の執筆者

金 仁星(キム・インソン)

医師・産業医/仁星会産業医事務所 代表

大阪大学医学部卒業。兵庫県立西宮病院での臨床研修を経て産業医資格を取得(産業医科大学 産業医学基本講座修了・厚生労働省認定 面接指導実施医師)。現在は複数企業の嘱託産業医として、従業員の健康管理・メンタルヘルス対策・ストレスチェックの実務にあたっている。