産業医の配置転換の意見・異動勧告に従う義務はある?無視するリスクと対応5ステップ

産業医面談のあと、人事に1枚の意見書が届く──「現在の業務の継続は望ましくない。配置転換を含む就業上の配慮が必要と考える」。

そのとき、多くの人事担当者が手を止めます。「これは命令なのか」「従わなかったら会社の責任になるのか」を誰も教えてくれないからです。

結論からいえば、産業医の意見そのものに、会社を直接縛る強制力はありません。最終的に就業上の措置を決めるのは会社です。

ただし、意見を放置したまま従業員の健康障害が起きれば、会社は労働契約法上の安全配慮義務違反を問われかねません。「強制力はないが、無視は最も危険」──これがこのテーマの結論です。

本記事では、産業医が出す配置転換・就業制限・異動勧告といった「就業上の意見」の法律上の位置づけと、意見が出たときの会社の対応5ステップを、現役の産業医が解説します。なお、産業医自体を別の医師に交代させる手続きを知りたい方は「産業医を交代したい理由と変更・解任の手続き」をご覧ください。

産業医の「配置転換の意見」とは|労働安全衛生法上の位置づけ

健康診断の後の意見聴取は会社の義務

産業医の意見は、思いつきで出てくるものではありません。労働安全衛生法66条の4は、健康診断で異常の所見があった労働者について、健康を保持するために必要な措置について医師の意見を聴くことを会社に義務づけています(健診の日から3か月以内・労働安全衛生規則51条の2)。

これは一部の会社だけの話ではありません。厚生労働省「定期健康診断結果報告」(令和6年)によると、定期健康診断の有所見率は59.4%です。

健診を受けた労働者の約6割に何らかの所見がある以上、医師の意見聴取はどの職場でも毎年発生する実務です。

所見がある労働者について意見を聴けば、その一部には「就業制限が必要」という意見が付きます。つまり配置転換の意見は、健診を毎年行っているどの会社にも起こりうる出来事です。

定期健康診断の有所見率の推移グラフ(縦軸0〜100%)。2014年の53.2%から2024年の59.4%までゆるやかに上昇している

意見は「就業区分」の形で示される

厚生労働省の「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」では、産業医などの医師の意見を次の3つの就業区分で求めるとされています。

就業区分 就業上の措置の内容(例)
通常勤務 通常の勤務でよい
就業制限 労働時間の短縮、時間外労働の制限、作業の転換、就業場所の変更、深夜業の回数の減少 など
要休業 休暇・休職などにより一定期間勤務させない

「配置転換が望ましい」という意見は、このうち就業制限(作業の転換・就業場所の変更)に当たる意見です。検索で使われる「異動勧告」という言葉も、実務ではこの就業上の意見を指していることがほとんどです。

どの場面で配置転換・異動の意見が出るか

健康診断のほか、長時間労働者への面接指導高ストレス者の面接指導の後にも、会社には同じ枠組みの意見聴取義務があります(労働安全衛生法66条の8、66条の10)。休職者の復職面談で、復帰後の業務内容について意見が付くケースも多くあります。

このように産業保健の仕組みには、産業医の意見が出てくる入口が複数あります。

さらに産業医は、労働者の健康管理等について必要があると認めるときは、会社に対して勧告を行う権限を持ちます(労働安全衛生法13条5項)。勧告は通常の意見より一段強い、法律上の位置づけを持った手段です。

産業医の意見にどこまで従う義務がある?

意見そのものに強制力はない──決めるのは会社

労働安全衛生法66条の5が会社に求めているのは、医師の意見を「勘案し」、必要と認めるときに、労働者の実情を考慮して就業場所の変更や作業の転換などの措置を講じることです。つまり、意見の内容をそのまま実行する義務が定められているわけではなく、措置の決定権と責任は会社側にあります

それでも無視できない理由──安全配慮義務

では放置してよいかといえば、答えはノーです。労働契約法5条は、労働者が生命・身体の安全を確保しつつ働けるよう会社が必要な配慮をする安全配慮義務を定めています。

産業医の意見は「会社が従業員の健康リスクを知っていた」ことの動かぬ記録です。意見を受け取りながら合理的な理由なく何もせず、その後に病状の悪化や労災が起きれば、会社が責任を問われる可能性は高くなります。

実際、厚生労働省「令和6年度 過労死等の労災補償状況」によると、業務災害としての精神障害の労災認定(支給決定)件数は1,056件。令和2年度の608件から、5年間で約1.7倍に増えています。

健康リスクへの対応は、もはや大企業だけの労務管理の話ではありません。

「勧告」を受けた場合は尊重義務と報告義務がある

産業医の勧告についてはさらに明確で、会社は勧告を尊重しなければならないと法律に書かれています(労働安全衛生法13条5項)。勧告を受けたときは、その内容と対応方針を衛生委員会に報告する義務もあります(同条6項)。

勧告に従わないこと自体への罰則はありませんが、「勧告を受けたのに理由なく動かなかった」という事実は、後から会社の対応の合理性を判断する際の大きなマイナス材料になります。

配置転換の意見が出たときの会社の対応5ステップ

ステップ1|意見書の内容を確認する

まず、就業区分(通常勤務・就業制限・要休業)、求められている措置の具体的な内容、想定される期間を確認します。「配置転換」とひと言で書かれていても、外すべき業務は深夜業なのか、重量物なのか、対人業務なのかで対応はまったく変わります。

ステップ2|内容が不明確なら産業医に確認する

厚生労働省の指針も、記載内容が不明確な場合は医師に確認を求めることが適当だとしています。「どの業務がなぜ負担になるのか」「どの程度の期間を想定しているのか」を、産業医との面談や書面といった方法で確認しておくと、次の措置の検討が具体的になります。

ステップ3|本人の話を聴き、措置を決定する

措置の決定前に本人の意見を聴き、十分な話し合いを通じて了解を得るよう努めることが指針で求められています。そのうえで、人事と現場の管理職が、受け入れ先の業務内容・人員体制といった会社の実情も踏まえて措置を決定します。

このとき、産業医の意見と著しく異なる措置を取る場合や、措置を講じない場合は、その理由を説明できるようにしておくことが重要です。

形式は問いません。「いつ・誰が・何を検討し・なぜその措置にしたか」を社内メモとして残すだけで、後から対応の合理性を示す材料になります。

ステップ4|本人に説明して実施する

決定した措置は、目的が「健康の確保」であることとあわせて本人に説明します。健康診断の結果を理由とした解雇・退職勧奨・不当な動機による配置転換は、指針が明確に禁じている不利益取扱いです。

ステップ5|記録を残し、期限を決めて見直す

聴取した医師の意見は健康診断個人票に記載され、個人票は5年間の保存が義務です(労働安全衛生規則51条・51条の2)。意見書に加えて、検討の経緯や本人への説明内容も記録として残してください。

就業上の措置は「かけたら終わり」ではなく、健康状態が改善すれば産業医の意見を聴いたうえで通常勤務に戻すことまでが一連の流れです。

判断に迷いやすい3つのケース

厚生労働省「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」では、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいた事業所は12.8%にのぼります。配置転換の判断が特に難しくなるのは、まさにこうしたメンタル不調の事案です。

メンタルヘルス対策の場面を中心に、現場でよく相談を受ける3つのケースを見ていきます。

主治医の診断書と産業医の意見が食い違う

本人から提出される主治医の診断書は、病気の治療の専門家としての判断です。一方、産業医は職場の業務内容や負荷を知る立場から「その仕事を続けて問題ないか」を判断します。

つまり両者は対立する関係ではなく、見ている範囲が違うだけです。

診断書と意見書の内容が食い違うときは、どちらかを機械的に採用するのではなく、本人の同意を得て産業医が主治医と連携して情報照会を行い、判断材料をそろえるのが定石です。そのうえで、職場の実情を踏まえた産業医の意見を軸に措置を判断するのが実務的です。

本人が配置転換を拒否する

「今の仕事を続けたい」と本人が措置を拒むケースは珍しくありません。まず産業医との面談の場を設け、医学的な理由を本人に直接説明してもらうのが有効です。

それでも本人が応じない場合、会社は「本人が拒否したから何もしなかった」では安全配慮義務を免れません。時間外労働の制限など実施できる措置から講じ、説明と検討の経過を記録に残してください。

対応が労務トラブルに発展しそうな場合は、社会保険労務士や弁護士への相談も検討します。

配置転換できる部署がない

部署が少ない中小企業では、「転換先がない」という壁に必ずぶつかります。ここで大切なのは、配置転換は就業上の措置の選択肢のひとつにすぎないという点です。

労働時間の短縮、時間外労働や深夜業の制限、同じ部署内での業務内容・業務量の変更、作業環境の改善など、会社の規模でも実施できる措置を産業医と一緒に探すことが現実的な解になります。「できる措置を尽くした」という積み重ねが、従業員の健康障害の予防にも、会社を守ることにもつながります。

よくある質問

産業医の意見書に法的効力はありますか?

意見書自体が会社や従業員を直接拘束することはありません。ただし、会社には意見を聴取し勘案する法律上の義務があり、意見への対応状況は安全配慮義務が争われた際の重要な証拠になります。

「効力がないから対応しなくてよい」とはならない点に注意してください。

うつ病の従業員本人が配置転換を希望したら、会社は応じる義務がありますか?

本人の希望だけで配置転換に応じる法的義務はありません。ただし、メンタルヘルス不調のサインである可能性があるため、放置は禁物です。

産業医面談につなぎ、医学的な意見をもとに必要な措置を判断する流れにすると、本人・会社双方にとって納得感のある対応になります。

産業医を選任しなければならないのはどんな会社ですか?

常時50人以上の労働者を使用する事業場には、産業医の選任義務があります(労働安全衛生法13条)。人数は正社員だけでなく、パート・アルバイトを含む常時使用する労働者で数えます。

外部の産業医サービスを利用して嘱託産業医を選任するのが一般的です。詳しくは「産業医の選任義務は50人から」で解説しています。

意見を受けて配置転換した後は、何をすればよいですか?

措置には期限の目安を設け、産業医の面談などで経過を確認します。健康状態が改善すれば、医師の意見を聴いたうえで通常勤務に戻します。

逆に改善しない場合は、措置の強化や休職・復職の枠組みでの対応を検討します。

まとめ

  • 産業医の配置転換の意見に強制力はないが、会社には意見を勘案して就業上の措置を決定する法律上の義務がある(労働安全衛生法66条の4・66条の5)
  • 意見の放置は安全配慮義務違反(労働契約法5条)のリスクに直結する。精神障害の労災認定は5年で約1.7倍に増えている
  • 対応は「内容確認→産業医への確認→本人の意見聴取と決定→説明→記録と見直し」の5ステップ。転換先がない会社も、できる措置を尽くして記録を残す

就業上の意見は、出して終わりではなく、会社が動ける形に翻訳されてはじめて意味を持ちます。「この意見書にどう対応すればいいかわからない」という段階で構いません──意見書を手元に置いたまま、措置の設計から本人への説明までを産業医の立場で一緒に組み立てる当事務所にご相談ください。

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代表医師 金 仁星

この記事の執筆者

金 仁星(キム・インソン)

医師・産業医/仁星会産業医事務所 代表

大阪大学医学部卒業。兵庫県立西宮病院での臨床研修を経て産業医資格を取得(産業医科大学 産業医学基本講座修了・厚生労働省認定 面接指導実施医師)。現在は複数企業の嘱託産業医として、従業員の健康管理・メンタルヘルス対策・ストレスチェックの実務にあたっている。